企業が成長の次のステップとして上場(IPO)を目指すことは、大きな挑戦であり、同時に大きなチャンスです。IPO準備は、単なる資金調達の手段ではなく、企業の基盤をより強固なものにし、社会的な信用を高める重要なプロセスです。
「一体何から始めればいいんだろう?」
「準備にはどれくらいの時間やお金がかかるの?」
そんな疑問を抱えている経営者や担当者の方も多いのではないでしょうか。
この記事では、IPO準備の全体像を、専門知識がない方にも分かりやすく解説します。上場準備とは何かという基本的な部分から、その具体的なプロセス、成功に必要な体制、そして多くの企業が陥りがちな注意点まで、一緒に見ていきましょう。
上場準備とは、企業が自社の株式を証券取引所に公開し、誰でも自由に取引できるようにするために必要な一連の社内体制整備作業のことです。この準備期間では、単に上場基準を満たすだけでなく、上場後も持続的に企業価値を高めていくために広範な準備が求められます。
株式上場(IPO)の主な目的は、従来の銀行借入れに加えて、株式市場から大規模な資金調達を可能にすることです。より多くの資金を調達することで、企業の成長スピードを加速させられます。さらに、上場前に強固な内部統制や事業基盤を構築・整備することも、IPO準備の重要な目的の一つです。その過程で経理担当者は、監査法人による2期分の監査証明を得るため、多岐にわたる業務に対応する必要があります。
一般的な上場までのスケジュールは4期に分かれています。スケジュールの全体像と各期にやるべきことを以下のとおり解説します。
●上場期間までのスケジュール
●直前前々期(N-3期)
●直前々期(N-2期)
●直前期(N-1期)
●申請期(N期)
上場までのロードマップを正確に理解し、着実に進めることがIPO成功の鍵となるでしょう。
一般的に、株式上場準備には最低でも3年前後の期間が必要とされています。これは、上場審査基準で直近2期間分の会計監査が求められるためです。
IPO準備のスケジュールは、上場を申請する会計期間を「申請期(N期)」とし、その前の会計期間をそれぞれ「直前期(N-1期)」「直前々期(N-2期)」「直前々々期(N-3期)」と呼ぶのが一般的です。
この期間で、上場企業に求められる経営管理体制の構築から、その体制が適切に機能しているかの運用・検証をしていきます。
直前々々期(N-3期)は、企業がIPOを目指すことを正式に意思決定し、長期的な準備の基盤を築くための期間です。上場準備の第一歩として、公認会計士による財務諸表のショートレビューを受け、現状の課題を洗い出します。
この時期にすべきことが、監査法人と主幹事証券会社の選定です。監査法人は、上場に必要な会計監査、主幹事証券会社は上場審査のサポートや株式の引受けを担います。彼らは、IPO準備の成功に不可欠なパートナーとなります。必要があれば、上場準備に関する専門的なアドバイスや実務支援を行うコンサルタントを選定しましょう。
直前々期(N-2期)は、上場企業に求められる管理体制の整備と運用、そして本格的な会計監査への対応が中心となります。具体的には、以下のようなことに取り組みます。
●会計システムの見直し
●内部統制の仕組みづくり
●予算管理体制の構築
監査法人による実質監査もこの期から開始されます。
直前期(N-1期)は「上場のテスト期間」とも呼ばれ、N-2期で構築した管理体制の本格的な運用と、申請に向けた最終準備期間となります。この時期に最も大変な業務の一つが、申請書類の作成です。主幹事証券会社と連携しながら「有価証券報告書」や「新規上場申請のための有価証券報告書(IIの部)」など、会社の事業内容や財務状況を詳細に記載した膨大な書類を準備します。また、株主名簿を管理する専門機関や、申請書類の印刷・製本を依頼する会社もこの時期に選定します。
いよいよ上場申請と審査、そして株式公開の最終段階です。主幹事証券会社による引受審査を受けた後、証券取引所に上場申請を行います。その後、数か月にわたる厳格な証券取引所による上場審査を乗り越え、晴れて上場承認の公表となります。承認後には、公募・売出しとなり、ついに株式の公開です。これまでの長い準備期間を経て、新しい成長ステージへと踏み出すこととなります。
IPOを成功させるためには、多岐にわたる専門的なタスクをこなし、強固な社内体制を構築することが不可欠です。上場準備に必要な体制について以下の3つのポイントから解説します。
●タイムマネジメントとタスク管理をする
●内部統制の仕組みを確立する
●経理部門を強化する
IPO準備は、3年という長期にわたり、500以上の膨大なタスクをこなす必要があります。それぞれのタスクは、高度な専門知識を要し、互いに複雑に依存しているため、綿密な計画と効率的な管理が必要です。
体制を構築するためのポイントとして以下のようなものがあります。
●プロジェクト管理ツールの活用
●依存関係の明確化
●外部専門家との連携
専門の管理ツールを導入すれば、タスクの進捗状況を可視化し、チーム全体で共有できます。また、各タスク間の依存関係を正確に把握することは、作業のボトルネックや遅延を未然に防ぐ効果があります。さらに、監査法人や主幹事証券会社といった外部の専門家と戦略的に連携することで、準備を効率的に進められるでしょう。
上場企業には、社会的な信用が求められます。そのため、業務の有効性・効率性を確保するための内部統制の仕組みを確立することが不可欠です。具体的には、以下のような取り組みが必要です。
●内部監査部門の設置・強化
●会計管理体制の強化
●情報管理体制の整備
●コンプライアンス体制の強化
内部監査部門では、業務プロセスが適切に運用されているかを監視し、問題点を是正する仕組みを構築します。会計管理では、厳格な会計基準に基づいた正確な財務報告ができるよう、体制を強化。情報管理においては、機密情報の取り扱いに関するルールを策定し、情報漏洩のリスクを管理します。コンプライアンス体制の強化では、法律や規則、社内規範を遵守するための仕組みを構築していきましょう。
上場準備において、経理部門は企業の「顔」であり「会社の健康状態を正確に診断する医者」とも言えます。上場企業に求められる会計基準や開示に関する知識は、非上場企業のものよりもはるかに高度なため、経理部門の強化は急務です。
上場企業の経理部門は、単なる日々の記帳業務に留まらず、多岐にわたる高度な業務を担います。上場企業の経理部門の仕事の具体例として以下のようなものがあります。
●会計基準の変更への対応
●連結決算の導入・運用
●決算短信、四半期報告書、有価証券報告書などの作成
●ディスクロージャーポリシーの策定と運用
●経理規程・決算マニュアルの整備
●業務フローの見直しとリスク管理
●監査対応
●複雑な税務計算と申告書の作成
●予算策定と予実管理
●IR(投資家向け広報)活動支援
これらの業務に対応できるよう、経理部門の人材育成や業務フローの見直しを早期に進めることが、IPO成功の重要なカギとなります。
株式上場(IPO)は企業の成長を飛躍的に加速させる一方で、多くの課題とリスクを伴います。成功への道のりをスムーズに進めるためには、事前の準備段階で潜在的な落とし穴を把握し、対策を講じたいものです。
ここでは、上場準備における主要な注意点と具体的な対策を以下のとおり解説します。
●市場区分ごとの基準に合わせる
●長期的な視点で計画する
●資金とリソースを確保する
●労務リスクの洗い出しと対策を徹底する
●内部統制システムを構築・運用強化する
東京証券取引所には、プライム、スタンダード、グロースの3つの市場区分があり、それぞれ上場審査基準が異なります。特に、時価総額や株主数、収益力といった「形式要件」は市場ごとに大きな差があります。
●プライム市場:最も高い水準の流動性や収益力が求められる、日本を代表する大企業向け市場
●スタンダード市場:公開された市場での投資対象として十分な流動性とガバナンスを備えた企業向け市場
●グロース市場:高い成長可能性を持つ企業向け市場
自社がどの市場を目指すのかを早期に明確にし、その基準に合わせて準備を進めることが重要です。どの市場であっても、法令遵守と適切な内部管理体制の構築は必須条件となります。
上場準備は、一般的に3年から5年を要する長丁場です。単年度の目標達成にとどまらず、数年先の会社のありたい姿を見据えた長期視点で計画を立てる必要があります。計画の際に、以下のようなポイントを押さえておくとよいでしょう。
●ロードマップの策定
●経営戦略との統合
●組織文化の醸成
まずは、ロードマップの策定です。IPOを目指すN-3期から申請期(N期)までの具体的なスケジュールを立てましょう。そのうえで、各フェーズで達成すべき目標やマイルストーンを明確に設定します。次に、上場準備のプロセスを、企業の経営戦略や事業計画と密接に連携させます。本業の成長を阻害しないよう、リソース配分を最適化することが重要です。さらに、上場企業に求められるガバナンスやコンプライアンス意識を、全社員に浸透させるための教育や研修を計画に組み込みます。このように、長期的な視点を持って計画的に準備を進めることが、上場成功へと導きます。
IPO準備には、監査費用や証券会社への手数料、システム導入費用など、億単位のコストがかかる場合があります。これらの費用は、事前に十分な資金計画を立てておかなければ、準備途中で停滞するリスクとなるでしょう。
上場までにかかる費用の目安を以下の表にまとめました。
費用項目 | 費用の目安 | 詳細 |
---|---|---|
監査法人費用 | ショートレビュー:150万~400万円 監査費用:年間 800万~2,000万円 |
ショートレビュー費用 会計監査費用(N-2期、N-1期、N期) |
主幹事証券会社費用 | 上場指導料:年間 500万~2,000万円 引受手数料:公募総額の5~9% 成功報酬:約600万円~ |
上場指導料 引受手数料 成功報酬など |
証券印刷会社費用 | 200万~500万円 | 上場申請書類 目論見書 招集通知などの印刷・製本費用 |
IPOコンサルティング費用 | 500万~2,000万円 | 外部コンサルタントによる上場準備支援 内部統制構築支援など |
弁護士費用 | 月額顧問料:5万~20万円 IPO関連業務総額:数百万円 |
法務デューデリジェンス 各種契約書のレビュー コンプライアンス体制構築支援など |
株式事務代行費用 | 年間 300万~800万円 | 株主名簿管理 株式異動処理 配当金計算 株主総会支援など |
システム導入・改修費用 | 数百万~数千万円 | 会計システム 内部統制システム 情報管理システムなどの導入・改修 |
上場審査料 | プライム:400万円 スタンダード:300万円 グロース:200万円 |
証券取引所への上場審査にかかる費用 |
新規上場料 | プライム:1,500万円 スタンダード:800万円 グロース:100万円 |
上場承認後に証券取引所に支払う費用 |
登録免許税 | 数万円~ | 新株発行などに対する税金 |
その他(人件費、オフィス費用など) | 数千万円~ | IPO準備チームの人件費、社内会議費、出張費、新たなオフィス設備など |
これらのコストに加え、準備には多くの人的リソースも必要です。本業の成長を阻害しないよう、事業活動と上場準備のバランスを取り、リソースを適切に配分することが成功の鍵となります。
参考サイト:JPX|上場料金
上場審査では、企業の労務管理体制が厳しくチェックされます。未払い賃金や長時間労働、社会保険の未加入といった潜在的な労務リスクは、上場延期や取り消しにつながるだけでなく、上場後の企業価値にも悪影響を及ぼします。そのため、上場準備の早い段階で労務に関するリスクを洗い出し、適切な対策を講じることが不可欠です。
潜在的なリスクと具体的な対策として、以下のようなものがあります。
リスク | 具体的内容 | 対策 |
---|---|---|
未払い賃金・残業代 | 株式公開準備、コンプライアンス強化、特定の労務トラブルの予防など、目的を明確にする | PCログの記録と勤怠管理システムのデータを照合する |
長時間労働 | 従業員の健康リスクを高める 生産性の低下を招く |
勤怠管理システムと連携したアラート機能を導入する 過重労働者への面談を実施する |
社会保険の未加入 | 法令違反となり、上場審査で大きな問題となる | 全従業員の雇用形態を正確に把握し、法令に基づいた社会保険の加入状況を確認・整備する |
就業規則などの不備や未周知 | ガバナンスの欠如と判断される | 最新の法令に準拠した就業規則や各種規定を整備し、全従業員に周知・徹底する |
非正規雇用者の管理 | 正社員との待遇差がある | 非正規雇用者の賃金体系や福利厚生を見直す |
上場準備は、単に書類を揃えることだけではありません。健全な労働環境を築き、企業としての信頼性を高めるための重要なプロセスなのです。
IPO審査において、企業統治(ガバナンス)は最も重要な審査項目の一つです。上場を果たすためには、内部統制システムを構築し、その有効性を証明しなければなりません。また、上場準備の中心的な役割を担う経理部門には、高度な専門知識を持つ人材を確保し、業務の内製化や会計システムを整備することが不可欠です。
上場準備は、単に審査を通過するためのものではなく、上場後も持続的に成長するための強固な経営基盤を築くプロセスです。これらの注意点を踏まえ、計画的かつ戦略的に準備を進めていきましょう。
本記事では、株式上場を目指す企業が知っておくべき、上場準備の基礎知識から具体的なスケジュール、必要な体制、そして注意点までを網羅的に解説しました。
上場準備を成功させる鍵は、長期にわたる適切なタイムマネジメントとタスク管理であり、監査法人や証券会社といった専門家との戦略的な連携が不可欠です。また、企業の「顔」となる経理部門の強化も必須といえるでしょう。
労務管理においては、PCログシステムが大きく貢献します。当社のクラウドサービス「ez-PCLogger(イージーピーシーロガー)」は、PCログオン・ログオフ情報の収集に特化しており、低コストで導入が可能です。IPO準備企業への導入実績も豊富で、在宅勤務やシェアオフィスなど多様な働き方に対応します。ネットワーク未接続時のログ収集や、勤怠管理システムとの連携により自己申告との乖離チェックも可能です。費用がかかる上場準備において、当社のシステムはコスト面でも貢献いたします。
無料トライアルもご用意しておりますので、ぜひお気軽にお問い合わせください。