現職社労士が読み解くディーセント・ワーク実現のために企業に求められること
新型コロナウイルス感染拡大に伴い、急激に促進されたように見える「働き方改革」。一方で、急な働き方環境の変化に「働き方改革の本質とは何か」「どんな対応策をとっていけば良いか」といった疑問をお持ちの方も多いと思います。 本記事では、いま企業に求められている「働き方改革」対応策について、現職社労士の影山貴敏氏がさまざまな角度から解説します。
コーヒーブレイクCoffee Break
新型コロナウイルス感染拡大に伴い、急激に促進されたように見える「働き方改革」。一方で、急な働き方環境の変化に「働き方改革の本質とは何か」「どんな対応策をとっていけば良いか」といった疑問をお持ちの方も多いと思います。 本記事では、いま企業に求められている「働き方改革」対応策について、現職社労士の影山貴敏氏がさまざまな角度から解説します。
影山貴敏(かげやま たかとし)/ 特定社会保険労務士
1978年岡山市生まれ。NPO法人職員、コミュニティーFMのパーソナリティーの他、中小企業や行政機関での勤務経験を持つ。
2015年から社会保険労務士として開業。ラジオで培った分かりやすい話術を生かしたYouTube動画や各種セミナーは、
労働者・使用者双方から好評を博している。
国内で新型コロナウイルス感染拡大が進み、緊急事態宣言が発令されるに至った2020年の春。「接触の削減」が必要であり、そのために「出勤人数の抑制」「テレワークの推進」といった言葉が首相や知事の口から頻繁に聞かれるようになりました。
DX(デジタルトランスフォーメーション)という言葉への注目度も、同時期に高まります。
在宅勤務をしていても、押印のために出社しなければならないといった事態に疑問をもつ人や、テレワーク導入に踏み切れない職場に感染リスクを感じて不安になる人など、SNSなどでさまざまな議論が繰り広げられました。
政府は、デジタル化推進の手始めとして、補助金申請をオンラインで受け付けるシステムが急ピッチで整備され、その後、デジタル庁創設が決まりました。
このように、日本におけるDX推進の機運の高まりはコロナ禍によって必要に迫られて高まったと考えることができます。
しかし、国が以前から働き方改革の対応策としてテレワークの導入支援を掲げていたことはあまり知られていません。
2017年に政府が決定した働き方改革の実現のための対応策は以下の19項目にも及びます。
SDGs(持続可能な開発目標)が採択されたのは2015年のことで、働き方改革の閣議決定の2年前です。
2030年までに国際社会が協力し、環境、貧困、紛争などの諸問題を解決し、持続可能でよりよい世界を目指すことが目標とされています。
SDGsは17のゴールと169のターゲットで構成されていて、8番目の目標が「働きがいも経済成長も」。目標8は「すべての人々のための持続的、包摂的かつ持続可能な経済成長、生産的な完全雇用およびディーセント・ワークを推進する」とされていて、その下には12のターゲットが設定されています
SDGsの目標8に登場する「ディーセント・ワーク」は、ILO(国際労働機関)が1999年から提唱している概念です。
もともとディーセント(decent)には、「まともな、見苦しくない、きちんとした」といった意味があります。1999年のILO総会で初めて用いられ、ILOの活動の主目標と位置付けられました。
ディーセント・ワークは、
(1)雇用の促進
(2)社会的保護の方策の展開及び強化
(3)社会対話の促進
(4)労働における基本的原則及び権利の尊重、促進及び実現
の4つの戦略的目標を通して実現されるとされています。
ディーセント・ワークとSDGs全体の達成のために、ILOは5つのプログラムを進めています。
・児童労働をなくしていく取り組み「児童労働・強制労働撤廃国際計画」
・職場の安全確保の取り組み「労働安全衛生・グローバル予防行動計画」
・働く機会の提供によって平和を作る取り組み「平和と強靭性のための雇用促進計画」
・途上国のセーフティーネット構築の取り組み「社会的保護の土台計画」
・生産性向上により貧困からの脱却を図る取り組み「より良い仕事計画」
の5つです。
これらの取り組みにより、平等で快適な環境で、適切な賃金を得ることができる労働者を世界中に増やしていこうとしています
こうした考え方は、経済の分野では「ESG投資」という形で表れています。
ESG投資は、従来の財務情報だけでなく、環境(Environment)・社会(Social)・ガバナンス(Governance)要素も考慮した投資のことを指します。児童労働や劣悪な労働環境、不当な低賃金といったことが報じられると瞬く間に世界的な著名人を巻き込んだ不買運動が展開されるようになり、企業は一気に信頼を失います。
ディーセント・ワークの推進は、グローバル企業にとって至上命題であると言えます。
日本では、ディーセント・ワークは「働きがいのある人間らしい仕事」と定義され、その概念の普及や、様々な労働政策を推進することにより、その実現に向けて取り組んでいます。
2012年7月に閣議決定された「日本再生戦略」においてもディーセント・ワークの実現が盛り込まれていますし、2018年に閣議決定された「労働施策基本方針」では
「誰もが生きがいを持って、その能力を有効に発揮することができる社会」
「多様な働き方を可能とし、自分の未来を自ら創ることができる社会」
「意欲ある人々に多様なチャンスを生み出し、企業の生産性・収益力の向上が図られる社会」
の3つの「目指す社会」が提唱されていることからも、ディーセント・ワークの実現に向けた取り組みが日本でも進んでいることがお分かりいただけると思います。
要するに、ディーセント・ワークの実現に向けた取り組みの集合体が働き方改革だと言えるのです。
連合(日本労働組合総連合会)は8項目からなるディーセント・ワークのチェックリストを公開しています。みなさんはすべての項目に「はい」と答えられるでしょうか。
Check1:安定して働く機会がある。
Check2:生活し、今後に備えて貯蓄できる十分な収入がある。
Check3:仕事とプライベートのバランスがとれる程度の労働時間である。
Check4:雇用保険、医療・年金制度に加入している。
Check5:仕事で、性別や性自認、性的指向などによる不当な扱いがない。
Check6:仕事で、身体的、精神的危険を感じることはない。
Check7:労働者の権利が保障されていて、職場に相談場所がある。
Check8:自己成長、働きがいを感じることができる。
このリストを日本の労働者に当てはめて考えたとき、改善の余地がある項目が見えてきます。最たるものが長時間労働(Check 3)です。政府は時間外労働の上限規制や、年5日の有給休暇取得の義務化などの対策を打ち出し、2019年から段階的に関連の改正法を施行しました。コロナ禍によって経済活動にさまざまな変化が起こったため、働き方改革関連の法改正がどんな変化を起こしたのかを見極めるには、あと数年はかかりそうです。
しかしながら、行政機関の多くの手続きで押印が廃止されるなど、生産性向上、ディーセント・ワークの実現に向けた環境は整いつつあると言えるのではないでしょうか。筆者としては、机上に積み上げられた書類の山を眺めつつ、社会保険労務士業務こそDXに取り組まねばと決意を新たにした次第であります。