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「管理監督者と時間外労働」

Q.残業の上限規制が改正されてから、弊社では一般社員の労働時間は徐々に減っています。しかし、その分のしわ寄せが36協定の対象にならない管理監督者に来ているようで、残業が月80時間を超えた者もいます。問題あるでしょうか。

A.月80時間もの残業を把握しておきながら是正する対策をとらないでおくと、管理監督者性の否定リスクを引き起こし、健康障害が発生した場合は労災補償や損害賠償責任を問われます。解説に述べるような長時間労働の削減対策が必要です。


第1 残業上限規制の強化と管理職


 2019年4月から働き方改革法により、大企業の残業に罰則付き上限が導入されましたが、総務省の調査では改正以降も月80時間超の残業をしている人が推計で300万人以上いることがわかりました。その理由の一つに管理監督者の労働時間が高止まりしていることが指摘されています。残業上限規制は、労働基準法上の管理監督者には適用がありませんので、残業上限規制の厳しい部下の仕事を肩代わりすることで、管理監督者の残業が増えている可能性があります。
 2020年4月から残業規制は中小企業にも適用されます。今後さらに、労働基準監督署の長時間労働や管理監督者に関するチェックが厳しくなる可能性もあります。



第2 管理監督者の長時間労働により発生するリスク


(1)管理監督者性否定リスク

 管理監督者とは、労働基準法第41条2号における「監督若しくは管理の地位にある者」のことを言います。管理監督者には、労働時間、休憩及び休日に関する規定は適用されないので、労基法上の時間外や休日割増賃金の支払いは不要とされています。この「労基法上の管理監督者」と企業における「管理職」は、必ずしも一致するものではありません。
 厚生労働省は、は、「第41条第2号に定める『監督若しくは管理の地位にある者』とは、一般的には、部長、工場長等労働条件の決定その他労務管理について経営者と一体的な立場にある者の意であり、名称にとらわれず、実態に即して判断すべきものである。」(昭63.3.14基発150)とし、具体的な判断内容として、職務内容、責任と権限、勤務態様、賃金等の待遇面等をあげています。
 裁判例と行政通達をふまえ、具体的な判断基準を整理すると以下のようになります。

➊ 経営方針の決定に参画しているか
❷ 労務管理上の指揮権限を有しているか
❸ 出退勤について厳格な規制を受けず自己の勤務時間について裁量を有するか
❹ 職務の重要性に見合う賃金面での処遇が基本給や手当、賞与等の面でなされているか

 |重要な職務内容、責任と権限を有しているか
 |※➊と❷についてはどちらかを満たせばよい


 例えば、➊については、経営に関する重要な会議への出席など経営に関与していると言える事情の有無、❷については部下の労務管理の重要な権限(人事考課や人事等)を有しているか等を確認しておく必要があります。また、❸については、遅刻・早退等した場合、給与からの控除や制裁をしていなければ、厳格な制限は受けていないと言えます。
 ここで、長時間労働は、❸の裁量の相当性の判断ではマイナス要素となることがあります。例えば、康正産業事件(鹿児島地判平22.2.16労判1004-77)では、低酸素脳症により完全麻痺になった飲食店の支配人が、損害賠償と割増賃金の支払いを求めた事案で、割増賃金請求の中で管理監督者性が争点の一つになりました。裁判所は「過労であることを自覚しながらなお長時間の労働に従事せざるを得なかったのであるから、管理監督者に相応な勤務態様であるとはおよそ認められない」とし、管理監督者性否定による未払残業代730万余円の支払いが命ぜられています。
 ❹については、数少ない管理監督者肯定例である姪浜タクシー事件(福岡地判平19.4.26労判948-41)において、他の従業員(乗務員450万円等)と比較して、取締役を除く従業員の中で、営業次長が最高額(約700万円)であることをあげ、高額の報酬であると判断しています。
 以上の要件を満たさず、管理監督者性が否定された場合は、多額の未払残業代の支払いが命じられることになります。加えて、長時間労働そのものが、管理監督者性を否定する一要素となることにも注意が必要です。


(2) 労働災害と損害賠償リスク

 長時間労働は過労死や過労自殺を招き、労働災害となるリスクを招きます。例えば、脳・心臓疾患の労災認定基準では、発症前1カ月間におおむね100時間又は発症前2カ月間ないし6カ月間にわたって、1ヵ月当たり概ね80時間を超える時間外労働が認められる場合は、業務と発症との関連性が強いと評価され、労災と認定されます。
 また、労働契約法では、「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする」(第5条)と定められており、これを“安全配慮義務”といいます。長時間労働により、労働者が倒れたり、亡くなった場合には、安全配慮義務違反により企業の責任が問われることになります。
 前述の康正産業事件では、「被告(会社)は、…札元店が人手不足であること及び原告太郎の労働が過重なものとなっていることを知りながら、人員補充要請に至ってもなお、札元店に十分な数の正社員を配置することをなく人手不足の状態で店舗を運営させた。これら事実は、原告太郎の時間外労働に対して何らのコスト負担も感じない被告が、原告太郎の過酷な労働環境に対して、見て見ぬふりをし、これを漫然と放置したということを意味するものであって、被告に安全配慮義務違反があったことは明らかであり、同義務違反は原告太郎に対する債務不履行のみならず不法行為にも該当するというべきである」として、1億8000余円の損害賠償が命ぜられています。上述の通り、健康確保のため管理監督者についても労働時間を把握するよう安衛法が改正されたため、管理監督者の長時間労働を放置している場合、以前にも増して安全配慮義務違反が認められる可能性があります。



第3 企業に求められる対応


 長時間労働を把握しておきながら是正する対策をとらないでおくと、上記のような様々なリスクが想定されます。特に、月80時間を超えるような長時間労働は要注意ですので、管理職に対して自身の残業を減らすよう教育や業務量等の見直しが必要になります。
 併せて、全社的な業務の効率化も必要です。残業削減対策として、ノー残業テー、残業の事前申告制度、評価制度の見直し、改善提案、情報の共有化、会議時間の短縮、ペーパーレス化などの対策を講じることは重要です。人手がかかっている定型作業をRPAやAI技術に代替するなど、システム的な改善も考えられます。
 また、単なる残業削減キャンペーンではなく、本質的な働き方改革が必要です。例えば、社内の業務調査や従業員の意識調査を行い、残業の本質をとらえ、現状把握・分析をした上で業務改善を行い、生産性を向上させる取り組みが求められます。そして、事務等の効率化により生まれた時間で、本来業務の充実や新しい付加価値を生み出すといった改革が望まれます。



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